Under the hazymoon

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TEI Day in Kyoto 2006

今日開催されるんすよねTEI Day in Kyoto 2006。ものすごく参加したかったけど、週のど真ん中休んで東京-京都往復は無理!無茶!無謀!
TEI概説を聞いて分厚い本を読む勇気をもらいたいな〜ってのを始めに、技術的な報告やポスター発表など興味いっぱいだったんだですが。中でも冒頭の、土屋俊 「TEIはなぜ日本で知られなかった、知られていないか、知られるようになるか」は、

日本は、その第1回準備会議から参加者を派遣し、P2段階までも関与をつづけ てきたが、それ以降は個人的関与にとどまり、TEIについて知る人文社会系研究者は現在もきわめて少ない。この原因はたんに関心の程度が低かったからで はなく、日本の人文社会科学研究がもつ文献概念、文献利用の実態によるもの であることを示す。これに基づいて、そのような文献概念、文献利用の実態が 1990年以降どのように変化しているか、そして領域によっては変化していなか を明らかにして、日本の(広い意味での)文献を電子化して保存することに対する課題を明確にし、あわせてその解決方法を提案する。

という内容で、人文工学的な興味からはもう必聴ですよ。あうあう、聞きたかったでごんす。
「TEIについて知る人文社会系研究者は現在もきわめて少ない」のは平日に平気で超重要なシンポジウムをやって限られた研究者しか参加できなくさせてるからじゃないの?と毒づきたくもなるってもんです。実際、こういうイベントも含めて、閉じてるよなこの業界、とパートタイム研究者としてはつくづく実感することが多いです。読書会とかはいいけどさ、せめてシンポジウムとかはもっと広げようよ。そこでかかるコストは甘んじて負担するのも成果の社会還元というプロの研究者/機関の責務じゃないかと思うわけで。ええ、そうです、すねてます。だって立て続けてに楽しそうなシンポジウム行けないんだもん。
ただ人文研のいいところは、こうしたシンポの成果をしっかり公開してくれるところですので、それを期待して待ってるのいうのがうれしいです。とにもかくにもテキストが公開されれば、引用することも参照することもできますから。それでも現場での生のやりとりを経験するとしないとでは理解が異なるわけで、参加できないのはつくづく惜しい。