Under the hazymoon

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虎蹲が如く

 一昨日の教室では、遠藤老師から走圏は虎蹲のように行うのですと教わりました。蹲とは蹲踞のことで、原義は膝を立てて坐ることなのですが、『字通』では『詩経』小雅を引き、「坎坎として我に鼓し、蹲蹲として我に舞ふ」というのは、腰を据えて舞う形を形容しているのだろうとしています。
 

 李老師が「虎踞龍蟠」*1と教えてくださいましたが、初学者においてはその虎の部分を重点的にやった方がよいという遠藤老師の親心でしょう。
 
 ところで、実は熊形のとき内側の足の運びを変に難しく考えてしまい、うまくいかず迷っていたのです。足をまっすぐ進めるってどういうことなのか、直進させると間隔がつまるし、あけよう曲げるとまっすぐ進められないし、あれあれ。。。とか、変に考えてしまって、しばらく悩んでたんですね。何だかどんどん感覚がずれてきているような気がして。
 しかし考えてみればそんな細かくは教わってなかったわけです。細かく教わってなかったということは、少なくとも僕には必要ないから教わってないのだ、と改めて素直に習った通りに、つまり端腰で抓地に注意して、細かい足の位置とか考えずやってみたところ、あ、なんかこれかと何かもどってきそうな感じが。それで、遠藤老師から足下を見ないで、もう少し先を見て、足や腰は全体の中で感じ取るんですよとの指導を受けて、完全に迷いが晴れました。おおエウレカ。あんまり悩むあまり、目で見すぎて、かえって全体のバランスがおかしくなってたのか、と勝手に納得。だって目線を先に伸ばしたら何となく感じてた違和感がどっかいっちゃったんです。そうなんですよね、それ最初の時点でそう教わってました。教わったことから、何も足さない、何も引かない、それだけで間違いないはずなのに、つい余計なことを考えてしまっていたわけです。いやはや魔道に落ちずにすみました。やっぱり素直にDo!熊ですね。熊は足下見て歩かない。
 それでまだあまりねじらず腰の充実を大切にと、走圏中に肩や腰を細かく軌道修正していただいたところ、始めて、熊形のときと龍形のときとで、身体感覚が一致しました。えー。今頃?いやいや熊形しているときと、龍形しているときとで、どうにも自分の感じ方が違ってたんです。ずっと。遠藤老師にお聞きしたら、それは龍はねじるのでそのぶん下に力が行きづらくなってるのだと。きちんと足でかめる以上にねじってはダメですとのことで、前からそのこと自体は教わっていたのですが、ようやっと実感できたという訳です。遅い!ただ、僕の中で一致したように感じたのは、腰の感覚だったりするわけで。腰の移動が同じに感じて、ああそうだよね、と納得したんです。このあたり、修行が足りないってことですかねー。しかし多少は前進しているわけで。足と腰とが多少なりとも連動しとるわけですよね。
それと胸がだいぶ落ちてきましたよとほめられました。わーい。意識して力を抜かそうとしているわけではないので(そんなことできるほど体をあやつれないし)、まったくもってひたすら要求の通りにできるように練習していると次第に進歩するということなのでしょうか。やっぱもう少しまめに練習しないと。と思ってたら寒くなってきました。
 
 おっと、そうそう「虎蹲」で思い出したのが若沖です。
 
f:id:nomurahideto:20061115081918j:image*2f:id:nomurahideto:20061115081917j:image*3
 
やはり「虎蹲」は虎の勢いを表すイメージとして代表的なものなのですね。

*1:http://d.hatena.ne.jp/nomurahideto/20060725/p2

*2:http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060620/p1

*3:http://d.hatena.ne.jp/jakuchu/20060514/p1