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<a class="okeyword" href="g:lingxue:keyword:霊学">霊学</a>研第10回例会

 といっても開催したのは先週のことです。陳攖寧「黄庭經講義」訳注稿(2)*1をアップしました。第1章だけ。うう、もう少しがんばらなければ。
 例会では他の仲間の報告で、教えて陳攖寧先生!私たち夫婦双修したいんですぅとか、催眠術で「宇宙神的大霊」に君もレッツアクセス!とか、おもしろいネタが満載でした。とはいえ、当面はもう少しお互いが読むものを絞ろうということに。
 

 ところで、今回訳した第1章では、生命の根源的力を発する場として、「臍の内にある空間が黄庭」と呼ばれていると述べられています。ではこの黄庭が下丹田なのでしょうか。これはちょっと微妙です。「黄庭の上に心神があり黄庭の下に関元がある」として、黄庭が心神と関元の間に位置すると陳攖寧は考えていて、心神はいうまでもなく心臓、つまり中丹田で、関元はというと、「関元は臍下三寸にある」と述べているので、そのかぎりでは下丹田は関元ということになります。しかし黄庭経の「丹田の中精氣徵す」の句を引用しているので、黄庭を丹田と理解しているようにも思えます。つまりちょっと丹田の語で指す場所にぶれがあるように読めるわけで、ここはもう少し解説が欲しいところです。まあ他のテクストを読めばはっきりするでしょう。
 ここを読んで僕が思い出したのは、遠藤老師が丹田といっても臍の奥なのか下なのか難しいということを言われていたことです。まさにここでは臍の奥である黄庭と臍の下である関元がともに語られ、重要な位置を占めています。思うに、気海丹田というときイメージされているのは黄庭ではないでしょうか。原初の生命(力)を宿した海が黄庭の中にあり、そこから重たいものが関元に溜まり、軽いものが心神へ昇るといった具合。しかし下丹田と言うと、具体的に(後天の)精気が溜まる関元がイメージされると。ここいらへん、たんなる妄想です。あしからず。

*1:http://lingxue.g.hatena.ne.jp/nomurahideto/20061125/p1