Under the hazymoon

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密息と八卦掌

 正月に読んだ記事を今さらという気もしますが、忘れちゃう前に書いときます。日経サイエンス2007年2月号の茂木健一郎さんの連載に尺八演奏家の中村明一さんという方が出ていました。「日本人の身体が生んだ複雑系としての楽器」というタイトルで、へえと読んでいたのですが、こんなところにもありましたネタが。
 いや、別に何でもかんでも八卦掌に関係あると言ってるわけじゃないですし、常に念頭にあるのは中国武術全般なんですが、ケーススタディとして八卦掌(その中でも馬貴派)との関連性を考えてみる、そういうことなんです。と、今さらながらに立場を明らかにしつつ。
 

尺八では大量の息を必要とするためで、腹式呼吸では足りず、伝統的な「密息」という呼吸法を使うのだそうです。でその密息の方法はというと、「力を抜いて骨盤を後ろに倒し、下腹に力を入れて張り出したままで呼吸する」のだそうです。あれ、これって走圏の姿勢と同じでは?

(息を)吸うときは横隔膜だけを下げて、吐くときに横隔膜だけ上げる。体躯の大きな構造を動かさないので、上達すれば呼吸時に瞬時に大量の空気が体内に入るのです。ただそのためには、吐くときに横隔膜をお腹から引き離すようにしないといけないので、深層筋を鍛えておく必要があります。昔の日本人はそういう筋肉をしっかり持っていたわけですけれども、現代人はそれが衰えているので、こうした伝統的な呼吸法ができなくなってきている

と中村さんは語っています。「密息は体の無駄なブレをなくす」効果があるこの呼吸法を昔の日本人は誰でも自然に行えていたんだとか。
走圏のときに、呼吸はどうするんですかと尋ねたところ、特に動作と一致させたりとかはせず自然に行いましょうと教わって、呼吸を問題にしないなんておもしろいなあと思っていたのですが、なるほど、下端腰の状態を保ったまま息をすることが呼吸法の実践だったという訳です。ものすごく納得。
 
江戸時代の人は密息がみんな普通に出来たはずだというサゼスチョンはまた、古武術を考える際にも有効だと思います。もしそうであれば、走圏のような基礎となる練功法があまり問題にならず、身体をどう動かすかというわざに重きがおかれて当然ということになります。みんなできてることが視野にのぼるはずはありません。
しかしこれが日本人のアイデンティティかと言われると、いやまあちょっと待ってくださいよ、と第三項としての中国をあげざるを得ません。八卦掌の走圏はもちのろん、站椿とか練功法を教学プログラムに組み込んでいる中国武術は、誰でもできる基礎の部分をきちんと分節して意図的に強化しようという試みといえ、(ステレオタイプ的東西観からすれば)和洋折衷的発想になっていると思います。

ともあれ中村さんは著書の中で*1密息について詳論しているようです。これは読んでみなくては。Webサイトもありますが*2甲野善紀さんとのトークショーも行われた様子。行きたかった。。。

*1:asin:4106035634:detail

*2:http://www.kokoo.com/