Under the hazymoon

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どんどん書いていいんだよ

 講習会後の食事会で、改めて李先生にお尋ねしたところ、講習会で教えられたことは88式も含めてブログで何でも書いてかまわないのだそうです。秘密にするよりも、たくさんの人に知ってもらって、馬貴派を学びたいと思ってほしいのだとか。
 

 また書いてあれこれ考えることはその人にとって勉強になる、ともお考えのようです。もちろん、結局は言葉ではその真実はつかみとれなず、師と弟子との直接的なやりとりのなかで肝心なことは伝えられていくのだというありがちな結論しかないでしょう。僕自身は職業病でそこに抗したいということもあってがんばってるわけですが、生活感覚として李先生に直接習えること以上の価値はないということは当然了解しています。
 
 例えば、仮に88式を他の人に伝えるにしても、抓地や端腰など重要な要求を抜いて、エクササイズ的にして広めたらどうか、みたいなことも考えられるでしょう。しかし、李先生はどうもそうは考えてないようでした。それに、僕の個人的な考えとしても、あまりそういう秘儀めいたやり方はうまくいかないと思います。
 まず李先生本人が講習会において誰にでも教えてるのですから、他のところでそれよりグレードを落として教えると、別の人が講習会そのままのものを教えた段階で勝負にならなくなってしまう、ということですね。
 それに、実際のところがどうだかは武術素人の僕には分かりませんが、李先生本人が、現在教えられていることよりももっともっと先があると言われている以上、李先生にとっては講習会で教えているようなことは隠すほどのことではない、ということなのでしょう。武術を長くやってらっしゃる人ほど、講習会の内容はすごい濃いよと言われるのですが、それよりもーっと濃いものが待っているわけですから、ここでけちけちする必要がないわけです。実際、本当の秘訣の類は、もしあったとしたらですが、講習会で広く教えたりせず、個人的に教えられると思います。
 また別の観点からもこちらで勝手にグレードダウンすることには問題があると考えます。例えば、88式に関して李先生がこれは董海川直伝のものであるから、自分も含めて後世の凡人が勝手に手を加えてよいものではない、そこには深い意味が隠されているから、今は分からなくてもとにかく正しい動作を覚えてそのように行え、と何度か強調されています。してみると、こっちの都合でグレードダウンのような要求を改変する行為は、かなり不敬なことになってしまうのではないでしょうか。実際のところは、各世代によって工夫が加わっていることでしょう。しかし、実態はそうだとしても基本的な姿勢は、本来の伝承を再発見するものとしか自分を定義するほかないわけで、そこに邪念を挟む余地はないでしょう。
 
 またこうしてさくさく公開することには、秘訣がらみの思考にのっとった上でも、逆にメリットもあるといえます。ネットの時代となった今では、何かを隠そうとしても結局どこかでばれてしまうことが往々にしてあります。であれば、情報の流通に関して主導権を握るためには、先に自分の方で公開してしまうというのが、もっとも正解でしょう。
 例えば、こうした情報流出によって、別の門派の人が実は当方にも同じものがあるんですよと偽装してこちらのアドバンテージを奪おうという行動に出たとします。。。いやまあ、こういう発想自体、僕にはついていけないものがあるのですが、どうもそう考える人がいないでもないので。
 しかし、昔ならそれは通用したかもしれませんが、現代においては、このように常にネットに情報を流すことで記録を残していくことで、どちらが真贋かは簡単に調べがつくことでしょう。偽装問題の解決は迅速な情報公開から、とどこかで聞いたようなセオリーはここでも効くわけです。
 
 群盲象をなでる、とはいっても、一人一人が自分の位置を把握しつつ相互に情報交換したら、あるいはそこ象を見いだせるのではないか、そういう風に僕は思います。そして、武術をやっていない外部の人に届けるためにはそのような試行錯誤を行うことが、他の方法に比べてもっとも誠実なのだと考えています。