Under the hazymoon

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探掌は張飛のごとく

 とうとう李先生の2007年夏の講習会最終日です。今日は88式のおさらい、単操練習、龍形走圏、熊形走圏、単換掌、探掌5種、探掌の母掌、探穿掌、十字穿掌でした。
 

 88式の単操は、崩(敲)、切掌から大鵬展翅、蹴りを習いました。崩(敲)は相手の二の腕を下から折るもので、スナップをきかせて(というと語弊があるかしらん)、打つものでした。もちろん肩の力は抜いて、腰で打つ訳ですが。また、八卦掌の蹴りの練習は初めてでした。蹴りのポイントは支える足の方で、そちらがきちんと地面をつかんでいないので蹴れないのだとのこと。ようは手のときと同じなのですが、やはり難しいです。
 八卦掌の蹴りは基本的に暗腿なのだそうです。その理由は、高い蹴りがなく低い蹴りであるため、また蹴りから行うことはなくまず手が動いてそれについて足が動くためだそうです。蹴り方には、つまさき、かかと、足刀の三つがあるけど88式の蹴りは足刀で、自然に斜めに蹴るようにとの由。高さは水平が理想ということだったような。また、これは前にも書きましたが、八卦掌の蹴りは走圏の中にもあって、一歩一歩前に出す足がそのまま相手の脛を蹴るためのものになるとのことです。
 今回ようやく単換掌をみていただけて、馬歩がきちんとできていないこと(ひざが内に傾きすぎ)と、前の手が肩を落とした自然な状態になってないこと(ちょっと張ってしまっていた)の2点につき直していただきました。もちろん問題は山積でしょうけど、まずはそこから、ということで。うひー。
 それから探掌と穿掌について、その両者の違いについて話していただきました。探掌は明、穿掌は暗なのだそうです。つまり探掌は相手からもそれと分かるかたち(明)で放たれるもので、身体を弓に手を矢に見立てて、弓を引き絞るように身体をつかって一気に手を放つものだそうです。これに対して穿掌は相手からは分からないように打つもので、必ず前の手の下から相手を襲う、だから蛇に見立てるのだそうです。それをふまえて、探掌の後に穿掌と続ける単操を行いました。
 また十字穿掌のときに、歩法の重要さをとくに言われ、

不扣歩兮莫回頭。(扣歩せずして回頭莫し)

方向転換には必ずまず扣歩、扣歩で方向を変えつつ移動するのだとの由。これもまた単換掌を通じて身につけるものだそうです。
 また探掌の「探」の含意も教えていただきました。これは「探嚢取物」(袋の中に手を入れて物を取り出す)の意味で、だから探掌は打った後、必ずつかんで戻りざまに次の手が放たれるのだとのことでした。この言葉は三国志張飛のエピソードで、「万馬軍中取上将首級如探嚢取物」(大軍の中で敵将の首をとること袋の中から物を取るがごとくした)に由来するそうで、張飛が馬にのって敵将の首をあげたように、探掌も行うのだと。八卦掌の言葉には「千人在外我在中、穿花打柳任西東」というのがあって、意味は同じだとか。で、探掌も馬歩の状態で上半身は馬に乗ったときのように動かさないまま打つとのことでした。董海川は馬に乗れたのか聞いたら分からないと答えられていたので、喩えということですね。それだけ身体の安定が重要なのでしょう。これについて、李先生が使われていた表現が「舒服」な状態で相手に対せよというものでした。身体が心地良い状態がベストの姿勢とのことで、もちろんその姿勢は常に中正を保つということなのですが、それを心地良いという感覚を頼りに探すことがおもしろいなあと。それができるには、走圏で中正を自分の身体に自然な姿勢として馴致しなければならないわけで、なかなか道は遠そうです。