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陰陽変化が対練の要点

2008年夏の講習会6日目は2年以上学習者向け八卦掌パート2でした。いよいよ折り返し地点です。今回は内容豊富で何だかもう十日分は学んだような気がしますが(^_^;)

今日はついに対練やりました。対練は冬やるといいんだよねーとか言われてるのに! 単換掌と穿掌と吸化掌の三つを全体の三分の一ぐらいの時間みっちりと。単換掌の対練は走圏しながらのを初めてやりました。今後は対練の時間も増やしていくそうです。
ところで対練の目的は、自分で自分を検証することにあって、相手を制することにはないそうです。自分で自分を検証するというのは、勝ったら勝ったで何故勝ったか、負けたら負けたで何故負けたかを考えることです。というのも対練をする相手というのは、自分より強かったり弱かったり大きかったり小さかったりと様々です。その際に特定の目の前の相手に勝つことよりも、自分自身のレベルがどのへんにあるのか考えた方がよいわけです。
様々な相手との対練による相互関係を通じて陰陽の変化の感覚をつかんでいくようにと李先生は言われます。自分が陰なら相手は陽、自分が柔なら相手は剛というように、対練においては必ず相手が良ければと自分が悪いというように相互に補完し合う関係になります。もし自分が劣勢に立たされたとき、それが明らかに力の差の結果であれば、力で勝とうとしても絶対無理なわけです。しかし陰陽とはちょっとしたきっかけで容易に逆転するもの、力で負けるのであれば位置関係で優位に立って相手を制すればよい、というように陰をいかに陽に変換するか、そのきざしをさぐることが対練の目的なのだそうです。
その結果自分に不十分なところ弱いところが何か分かったら、それを走圏の練習によって改良する。あくまで力を蓄えるのは走圏によってであるとのことでした。僕などは、相も変わらず思いっきり上に力が入っちゃってうまくできなかったんですが、それは結局走圏の時もそうだということなんですね。はい、よく分かっております。

ところで、八卦掌の鍛錬は以下の過程があるそうです。

  1. 走圏
  2. 掌法
  3. 対練
  4. 器械
  5. 修身

このすべてを貫く一つの原理が中正で、それは走圏を通じて養うべきものです。そして走圏の力で掌法を行い、その延長線上に対練があり、器械があり、そしてさらには修身がある、道の体得だと李先生は言われます。ここで何だか斜め上に話がいっちゃった気がしたら、実はそんなことないんですね。実は李先生はメタな話はしてなくって、道にしてもそれは走圏における中正の達成というきわめて身体上のベタな要求として見ているわけです。そして修身を日常生活での暮らし方とみれば、掌法や対練よりもさらに変化の多い動作の集合として位置づけることができます。そうした定法のない変化の中でもやはり中正を維持するべく身体を整える段階までくればそれが修身ということになります。夏目さんの推手に対する考え方と同じだと思います。あくまでもベタに追求するというところがみそです。すばらしい。

さて後半は対練でぼろぼろになった身体で、後四掌を練習しました。揺身掌の復習と磨身掌を新たに学んだ次第。揺身をさらにコンパクトにしたのが磨身という位置づけなのかなと思いました。磨身の回転は李先生がよく対練などで急な方向転換を行う際に使われるものでした。なるほど〜。全く新しい掌法の学習ではあったのですが、これまでの88式や探掌の変化、今回の双換掌の変化など事前に学んでいた動作の組み合わせからできていたので、まっさらで学ぶよりは動作を覚えやすかったです。李先生は掌法を一通り学んでから88式を習ったのですぐに覚えることができたと言われていましたが、僕らにはその逆のやり方にすることで、体系的に教えて下さっているというのがよく分かります。
とはいえ細かい部分までは覚えきれませんでした。李先生も今回は大雑把に覚えておくだけでいい、身法の変化はどっちにしてもきちんとできるようになるのに時間がかかるので、細かい動作をいろいろ気にするよりも中正を守って行うことに留意しておければよいとの由です。よりシンプルな動作が正しいのであれば、中正というもっとも正しい動作はすでに習っているわけです。そこがどうせできてないんですから、手の位置とか気にしたりしても仕方ないし、歩法が不安であれば、前四掌をしっかりやればよい、と実に明快な回答です。つい焦って、厳密な正しい動作を求めてしまいがちですが、それは実はちっとも正しくなんかない、という禅問答的世界に突入してしまうのでした。こういう発想に、中国武術というか中国的修養思想の特性があるんだと思います。