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nomurahideto's blog

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馬貴派聖地巡礼李少庵篇

晴れ時々八卦掌

李少庵が経営していた玉春楼(あるいは遇春楼)は、馬貴と劉万川を引き合わせたいわば馬貴派の聖地の一つですが、現在それがどこにあったかはまだ判明していません。ただ李先生の調査ではそれが前門の王寡婦斜路にあったところまでは分かっているそうです。この王寡婦斜路は現在の棕樹斜路だそうで、北京八大胡同に数えられてます。
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さて、李先生にもそれとなく言われましたが、店の名前から料亭といってもどういう業態かはだいたい想像がつくわけで、実際、王寡婦斜路については以下のような解説があります。

棕树斜街

  棕树斜街,位于大柵栏地区东南部,东北至西南走向。北起大力胡同,南至石头胡同,全长310米,宽7.8米。门牌1-103号,2-80号。

  清代称王寡妇斜街,后改称王广福斜街。1965年将广福巷、口袋胡同并入,改为现名。明末清初妓院较多。当时有王姓寡妇在此开设妓院很有名气,故得此街名。清《京师坊巷志稿》就称王广福斜街。1965年,定名棕树斜街。目前棕树斜街还有一条二条两条街道。清末民初,街内曾先后建有山西汾阳会馆、江西新建会馆等。另有一品香浴池、蒋记饭馆、落子馆和演唱河南坠子和大鼓的娱乐场所以及当铺、酒馆等。旧时这里是三等妓院的集中地,为“八大胡同”之一。旧时之所以这么多的三等妓院集中在这儿,主要是由于原在韩家胡同的一等与二等妓院中的北方妓女被南方新来的妓女挤压到此。历史上有名的有久香茶室、聚千院、贵香院、双金下处、全乐下处、月来店下处等20多家。另有一品香浴池、落子馆、酒铺、店铺等。有妓院20余处。现均为民居。街中部有棕树斜街小学。1949年前统计时计有妓院9户:广兴院、金鸣院、宝顺茶室、文华院、连升茶室、双福茶室、萃湘茶室、荣鑫楼茶室、同义楼。

  元兴堂饭庄的原址也在这条街上,元兴堂饭庄系牛街厨子冯金轩创建于清咸丰年间。当时服务对象主要是清廷王公大臣、绅商富贾。民国初年也多为军阀政客,北洋政府的袁世凯、黎元洪、冯国璋等常至用餐待客,曾鼎盛一时,1932年倒闭。

北京八大胡同里的陈缘旧事 妓馆密集 声震南北

 王寡妇斜街,因胡同内以王姓寡妇开设妓院最为显赫而得街名。清末民初,为三等妓馆的集中地。之所以集中三等妓馆,主要是由于原在韩家胡同的一等与二等妓馆中之北伎遭新至南伎挤压,退居此处。妓馆曾有久香茶室、聚千院、贵香院、双金下处、全乐下处、月来店下处等二十余家。至1949年前统计时,计有妓馆九户:广兴院、金鸣院、宝顺茶室、文华院、连升茶室、双福茶室、萃湘茶室、荣鑫楼茶室、同义楼。另有一品香澡堂、蒋记饭馆、落子馆、酒铺、店铺等。

<原文「一品香澡堂」の額の画像あり>

  妓馆旧址尚有,但牌匾或遭毁损,或被遮掩,毕竟不雅,居民不堪。倒是一品香澡堂,尚有匾额门楼在今棕树斜街40号西侧,元兴夹道西北口。澡堂正门原在元兴夹道东口,面朝东,正对小椿树胡同。浴工多为保定府人,擅长踩高跷,每逢重要节日,浴工在附近胡同巡游表演,感谢街坊的惠顾,各商家和富有人家也在门口摆设干果点心招待,胡同里上年纪的人谈起此事,至今仍记忆犹新。
  面向元兴夹道内侧,有隶书雕砖匾额:“一品香澡堂”,上有小字“鸿记”。

王寡妇斜街 二月十六

で、実際に行ってみたのですが、確かに現在はほとんど住宅地になっていましたし、上の記事によればいちばん最後の統計でその名前はありませんので、どこに李少庵の店があったかは分かりません。
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ただ四合院を使ったホテルがこの通りにあって、あるいは当時はこんな感じだったのかな〜と想像たくましくしてみました(^_^;)
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李少庵いずこ?
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