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nomurahideto's blog

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キャラ造形は占いから生まれた?

漢々学々

漢字(キャラクター)の場合と同様、キャラの淵源にも占いがあったというのはどうでしょう?
というのも、ちょうど日用類書を調べ始めていて、前に夏目さんから顔の描き方の伝統と人相術について聞かれたっけと、相法の項目を見てみたら、ほくろの位置とかだけでなく、「明代の日用類書には、相法門という人相術の部門が設けられており、そこに貴相図・富相図・窮通相図・弥寿相図・夭折相図・貧賤相図・孤苦相図・凶悪相図・流賊相図・盗賊相図・刑傷相図・婦女相図・小児相図の13図が掲げられ、それぞれの人相図を例示して」(以下の小川論文より引用)いて、これがまたそれらしい顏つきなんですね。現代日本にいる僕も納得できてしまうというのは、造形にある種の普遍性があるということかと。
しかも小川陽一「明清の肖像画と人相術――明清小説研究の一環として――」東北大学中国語学文学論集第4号、1999年11月30日)によれば、

肖像画は人相術に基づいて描くべしという主張があったこと、及びその主張に基づいて描かれた作品例が存在することの証明はさほど困難な作業ではなかった。しかしそのモデルないし第三者たる鑑賞者に、その作品にそのような主張が具現されているとの認識があったことの証明は、絵画史・絵画論に不案内な門外漢の筆者には容易な作業ではなかった。しかし、次に掲げる資料は、間接的ながら、その要求に応えるものといえるであろう。ただこの資料は散曲で、筆者には十分な読解が困難であり、訳文は大意を伝える程度のものでしかない。望文生義の当て推量の箇所が少なくないが、モデルが自分の肖像画に対して人相術の視点から感想を述べていること、併せて、モデルが自分の容姿を人相術の用語で語っていること、画家が人相術に長けているとされていること、などが記されていることを見ていただければ幸いである。

と、占いの観点から作画が行われていたことは間違いないようです。つまり写実的な描写よりも人物の持つ属性を表現することが求められていた訳で、それは単なるイラストを超えた抽象化がほどこされた漢字と同じ思想によるのではないか、そのように妄想した次第です。