Under the hazymoon

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成功事例としてのヨガ

 職場の研究会で「東アジア健康思想における「姿勢」」という題目で発表し、ぼこぼこに(>_<) いろいろアドバイスをいただき、非常に参考になった一方、今さらといえば今さらなんだけど、インド哲学の専門家と中国思想の専門家の実践に関する態度の違いにカルチャーショックを受けました。
 

 出席されてたのはインド哲学関係の先生方だけだったんですが、まんまヨガ専門で実践も思想もばりばり、専門は違うけど家が禅でヨガも実践してます、密教が専門でインド行ってます、禅が専門で古武術やってます、てなもんで、みなさん実戦経験があって、君の言ってるそれはヨガでも同じだからとか、現在のヨガブームを考えるととか、そういうつっこみが。逆に中国思想専門の人の前で、こういう話をしたとして、僕もやってるけど、というところからつっこみがどれだけくるだろうか、と考えると、インド学や仏教学の研究者にはお坊さんをやってる方も多いので、それだけで実践との関わりの場も多いわけで、これは大きいよな、と最近考えさせられるわけです。もちろん、自己の研究にどれだけそうした実践が反映されてるかとか、そもそもアカデミックな研究にそうした実践は必要不可欠なのかとか、いろいろ問題はありますけど、歴史学も芸術だよ派としては、そういう教養芸能面の実践を避けてきた自分を猛省している次第です。詩・書・画どれもできんもん。
 それにしても、考えてみれば、こんな職場は非常に恵まれているわけで、いさせてもらえる間に少しでも勉強していろいろ教えてもらわねばと思った次第。ここんとこ気になっているオカルティズムの関係についても、ヨガに絡んでいくつか聞けました。参考資料をいくつか教えていただく。えへへ。
 言われてみれば、このブログでも手を変え品を変え議論を少しずつすすめている、武術や内丹などの養生法のオカルト要素を薄めるor取り除いて語り直す試みというのは、ヨガがすでに歩んできた道なのですね。文献研究のレベルではヨガと内丹をきちんと結びつけるのは難しそうですが、近現代の動向に関しては、手間次第でできるでしょうし、やらないと議論にならんというのが、よく分かりました。逃げちゃダメだ。
 で、共生とはどう関係するんでしょう?えーと。。。