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陰符経メモ:遠藤隆吉の陰符経理解

易と人生 : 巣園論集
遠藤隆吉 著 巣園学舎出版部 1913
国立国会図書館デジタルコレクション - 易と人生 : 巣園論集

ーー26ーー
   ロ 陰符經
 禍の中に福を發見し、福の中に禍を發見するなどいふは其れ自身人
の意表に出でたることにして此說の立脚地が表裏二面に付いて言へば
裏面に存することは槪見するとが出來る。乃ち事物を表よりのみ見ず
して其裏面より觀察せんとするのである。陰符經の書物は卽ち這般
ーー27ーー
の眞理を發揮したものである。著者は黄帝と稱せらるれども元より
湕時代の產物であつて不明である。僅かに四百四十四字の小篇であ
るが之を實行する時は終身盡きざるものがある。
 陰符經は普通の人よりも深き見識を以て著はされたるものである
から凡て人の氣の付かざる所又は氣付いても實行し難き處に其立脚
地を置いたものである。されば表面を見ずして裏面を見、動を主とせ
ずして靜を主とし、明に居らずして暗に居るといふが如き具合である。
故に曰はく
天發殺機星易宿。地發殺機龍蛇起陸。人發殺機天地反覆。
生殺の二端に付いて殺のカあることを認めたものである。又「天有五賊
之者昌」とある樣に五行(水火木金土)が相剋することをいふた迄である
が之を賊として觀察したのが普通人に異なる處である。
 宋の周茂叔は「主靜焉」といふたが矢張り道家者流の思想である。陰
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符經は人間の大々的に活動せんことを希望するけれども而も又其心を
靜かにするの必要あるを認めて居る。心を靜かにし居る時は百般の
理が明々白々地に映じ來りて洞察せらるゝに至る。陰符經の作者は
此の種の立脚地に立たんことを希望して居るのである。
 要之。陰符經一書の主とする所は事物の裏面を觀察するに在る。
人の氣付かざる所を見るに在る。心を靜かにして機の敏なる處を察
するに在る。獅子を殺すものは匕首を懷にして深く荒漠の野に入り
其の來るを見るや右膝を地に付け匕首を右にし虛心平氣些の逼る氣
なし。九尺に餘る猛獸は烟を立て疾驅し來り怒りて見、口を開きて將
さに嚙まんとす。電光一閃、匕首其喉を割、流石の猛獸も地を㨔かさん
許りに倒る。此れなどは死中に活路を發見するものである。心を靜
かにするにあらざれば此種の務をなすことは出來ない。陰符經の主と
する所は這般の心的狀態に在る。乃ち莊子の養生主に庖丁が文惠君
ーー29ーー
のために說いた所と同樣である。禍中に福の機あり、福中に禍の機が
ある。之を洞察するのが人間に取つて最も必要なることである。此れ
さへ出來れば則ち如何なる困難に遭遇するも捲土重來の勢を挽回す
ることが出來る。陰中陽陽中陰は此くて極めて興账ある處の主旨であ
る。
 周易の本文には此く迄遙か說明した慮はないが「物窮必通」といひ「陰
陽相倚」といふ思想があるから詮じ詰むれば則ち陰符經の意除になる
のであるが、易を讀むで此處迄應用出來れば則ち最も善く其效を認め
るとが出來るのである。

気功における手の役割

先日初めて本格的な気功を体験しました。とにかく生来鈍感な人間で、“気”を感じたりするなんて、ちょっとできないだろうと思っていました。霊感とかないし。ところが、思ったよりもできて、もちろん何ができたのかという問題はあるにしろ、自分でも驚きました。八卦掌をそこそこ長く続けてきたからでしょうか。
もっとも馬貴派八卦掌の練習では、いわゆる行気や運気の類は練習しません。もちろん身体の中を“気”がめぐったり、“気”が蓄積されたりするという考えは大前提としてあるけれど、具体的な瞑想法のようなものは行っていません。鍛錬の結果として“気”がめぐり充満するだけなのです。ようするに筋(すじ)を伸ばしリラックスするという身体操作は要求するけど、“気”が体内を動くことをイメージしたりしないし、そのように感じることを推奨するわけでもないのです。
しかし今回、指示に従って“気”を動かそうとすると、まさにそのような感覚を得ることができたわけです。どうしてできたのでしょうか。もっとも大きな要素は、両手を使って“気”の運行のシミュレーションをしたことではないかと思います。これは実際に体験してみて実感できたことです。気功というと、坐禅や站樁のように、ただ静かにじっとして、体内の“気”を感じたりするものだと考えていたのですが、どうもいきなりそんなことをするのは難易度が高いようで、その前段階の方法が用意されていたわけです。その一つが両手を使うことです。
例えば、“気”が体内を下に向かって移動させるときは、両手を下に動かす。“気”を体の内から外に向かって拡散させるときは、両手を左右に広げたり前後に伸ばしたりする。両手を動かすことによって“気”を誘導するというわけです。しかし見方を変えれば、このようにも言えます。おそらく両手の動く感覚は誰でも感じ取るのは容易いことでしょう。その感覚を体内に転写して、体内で“気”が動くような感覚として同時進行で再現します。錯覚のようなものと言ってもよいかもしれません。それを繰り返していると、手を動かさなくても、体内の感覚だけを再現できるようになっていきます。おおできた!
八卦掌の練習ともあまり矛盾が出ないように説明するとなると、このようなものになるでしょうか。ようするに“気”に物理的に固有の実体があるかどうかは問題にしないという立場です。現象の総体としては確かに“気”は実存しているわけですし。
気功におけるもう一つの重要な要素は、視線による誘導ですが、これはまた稿を改めて。

八卦掌は天体の運行を模倣する?

今学んでいる獅形掌は、獅子の動きを模倣しながら、その動きの本質が球体の回転運動だと喝破しています。理想的な動きとして円運動がよく挙げられますが、現実の世界は立体ですから、球体の回転運動こそ完全な円運動と言えるでしょう。球体の回転は、どの方向どの角度にも変化し、決して途切れることはありません。
しかしこの全方位の無限の回転運動は、どのようにして身につけることができるのでしょうか。何しろ鍛錬の時間は有限です。
馬貴派八卦掌では、球体の回転運動の分解し、個別に学んだ上で、段階的に統合することにしているようです。例えば獅形掌の第一の動作について、現在の私たちはそのバリエーションを3つ教わっていますが、それはひとまず次のように解釈できるように思います。
最初は球体をそのままの位置で回転させる練習をします。両手で球体の天と地を押さえ、左右の手の上下を交替して球体を一回転させるのです。自分の身体に対して左右方向、横回転の動きです。
次には球体それ自体を移動させる練習をします。両手で抱えて球体を下に降ろしてから上に挙げるのですが、腰の回転をその原動力にするので、自然その移動の軌跡は円運動となります。
そしていったん別に行った球体の回転と移動を同時に行う練習をします。実際には自分の身体に対して前後方向、縦回転の動きをします。横回転なら球体を両手で支えたまま一回転させることは可能ですが、縦回転は人体の構造上それができません(手首を駆使するか、回転方向を斜めに傾けるかすればできますが)。そこで球体の回転を邪魔しないように身体を動かすことでそれを実現します。結果として球体は上下に移動することになります。
球体は回転と移動を同時に行い、ここにおいて球体の運動は完成します。つまり、その場にとどまりつつ回転するのでも、回転することなく円運動するのでもなく、回転しつつ円運動する。それはあたかも惑星が自転しつつ太陽の周りを公転するかのごとくです。獅形掌の球体の回転運動は、惑星の回転運動を模倣しているといるかのようなのです。
実のところ、走圏もまた天体の運行を模倣していると言えるでしょう。走圏は常に円の中心(より実戦的には後方にいる敵)を向いて歩きます。そのようにして円を一周したとき、仮に一歩も動かずその場でその動きを再現すれば、自分自身の身体が回転します。それはつまり常に地球に同じ顔を向けて回っている月と同じ、一公転が一自転となっているのです。月が地球の周りを回るように私たちは走圏している、ということになるわけです。
もちろん八卦掌の先人がそのように考えていたというのではありません。ただ星の運行と身体の運用に相似性がある、八卦掌は星の運行を体現する武術である、という見立ては、なかなかにロマンがあると思います。

四季の変化と馬貴派八卦掌

ここ数年、李先生の会員制教室では、龍形の走圏と八大母掌前半の基礎鍛錬を除くと、四季の変化に応じて次の練習を中心にしています。

  • 春:単勾式
  • 夏:獅形
  • 秋:龍形
  • 冬:熊形

 李先生の解説をまとめると、それぞれの形は春生、夏長、秋収、冬蔵の万物の生成変化に対応しているようです。

これを例えば背中の鍛錬という観点から考えてみましょう。

春は開始の時、単勾式で両手を前後に伸ばすことにより、まず背中を横に広げることからはじめます。

夏は成長の時、獅形は両手を球を抱えるように伸ばすことで、背中を横だけでなく縦や斜めにも伸ばしていきます。

秋は収穫の時、龍形は両手を合わせた基本の型、そこに広がった背中を維持できるようそれまでの成果を落とし込んでいきます。

冬は準備の時、熊形は丹田を鍛える最良の方法、次の年にまた背中を鍛えられるように、背中を支える腰を強くします。

こうして1年をかけて身体を変えていってるのかなと、ようやく最近実感できるようになってきました。

 

 

 

最初期の丹田資料:後漢・荀悦『申鑒』巻三俗嫌より

長沢規矩也編『和刻本諸子大成』第三巻(汲古書院、1975)所収本を底本とた。

*現代語訳にあたって底本の訓点を参考にしたが、適宜修正した。

 

ある人が問う。「性を養うとは?」。答え。「性を養うとは、中和を把握して、それを守って生きるだけだ。親を愛し、德を愛し、力を愛を愛し、心を愛することを、惜しむという。(気は)そうしなければめぐらないし、それが過ぎると安定しない。だから君子は気を節度をもってめぐらせ、滞留させたり混乱させたりして病気になってはいけない。だから喜怒哀樂思慮は必ずそ中和を得ることが、心を養うことになる。寒暖虚盈消息は必ずその中和を得ることが、体を養うことになる。気を上手に治めることは、禹の治水を参考にする。かの導引蓄氣や歷藏内視は、やり過ぎると中和を失い、ちょうどよければ病気を治せる。どれも性を養う聖なる術ではない。


或問曰。有養性乎。曰。養性秉中和,守之以生而已。愛親、愛德、愛力、愛神、之謂嗇。否則不宣、過則不澹。故君子節宣其氣、勿使有所壅閉滯底、昏亂百度則生疾。故喜怒哀樂思慮必得其中、所以養神也。寒暄虛盈消息必得其中、所以養體也。善治氣者、由禹之治水也。若夫導引蓄氣,歷藏內視,過則失中,可以治疾,皆非養性之聖術也。

 

縮ませるのは伸びているから、蓄えるのは空だから、内を向くのは外を向いているからだ。気はよくめぐらせた方がよいのに押しとどめたり、体は調和をとれた方がよいのに好き勝手に振る舞ったり、心は平穏である方がよいのに無理に押さえつけたりすると、必ず中和を失う。上手に性を養うのに、どんな場合も使える術はない。その中和を得るだけなのだ。臍から二寸(5cm弱)の場所を「関」(後代の丹田)という。「関」というのは呼吸した気を蓄えて、体中に届けているからだ。だから呼吸が深いと「関」で息をし、浅いと息が上がり、脈が速くなり、心がうわつき、肩で息をするようになる。


夫屈者以乎申也、蓄者以乎虛也、内者以乎外也。氣宜宣而遏之、體宜調而矯之、神宜平而抑之、必有失和者矣。夫善養性者無常術、得其和而已矣。鄰臍二寸謂之關、關者所以關藏呼吸之氣、以稟授四體也。故氣長者以關息、氣短者其息稍升、其脈稍促、其神稍越、至於以肩。息而氣舒、其神稍專、至於以關息而氣衍矣。

 

だから道とは、常に気を「関」まで届かせることで、これを要術という。およそ陽気は養い、陰気は殺す。柔和で喜ぶ者は、その気が陽である。だから性を養うとは、陽を尊び陰を斥けることだ。陽極まれば高く上がり、陰極まれば凝り固まる。高く上がれば後悔するし、凝り固まれば悪いことが起きる。万物は自ら春の状態にはなれないので、天が春になるの待って子を生む。人はそうではなく、ただ自ら春の状態をなして子を生む。


故道者、常致氣於關、是謂要術。凡陽氣生養、陰氣消殺、和喜之徒、其氣陽也。故養性者、崇其陽而絀其陰。陽極則亢、陰極則凝。亢則有悔、凝則有凶。夫物不能為春、故候天春而生。人則不然、存吾春而已矣。

 

薬は治療のためで、病気を治すことができるが、病気でなければ使わない方がよい。肉は主食に及ばない。薬はなおのことだ。熱があるのを冷やすのは、熱があると気が滞るからで、それが陰薬のはたらきである。ちょうどよければ、害とならない。自分の気が安定している(のに薬を使う)と、必ず傷つく。針灸も同じである。だから性を養う者は、たくさん服用しない。ただ節度をもって使うだけである。


藥者療也、所以治疾也、無疾則勿藥可也。肉不勝食氣、況於藥乎。寒斯熱、熱則致滯、陰藥之用也。唯適其宜、則不為害、若己氣平也、則必有傷。唯鍼火亦如之。故養性者、不多服也。唯在乎節之而已矣。

 

 

 

 

陳攖寧「最上乗天仙修煉法」現代語訳

*『陳攖寧仙学精要』上、宗教文化出版社、2008年、156〜158頁

*11年前に自分で訳してた。。。 http://lingxue.g.hatena.ne.jp/nomurahideto/20060629/p1

 

最上乗天仙修煉法

 

陳攖寧

 

 この法は真心を主とし、真炁を用とし、三宝を基とする。外三宝(耳目口)は漏らさず、内三宝(精気神)は自然と合することで、天人(外内)が感応し、先天の一炁が自然と身中に採り入れられる。 自分の肉体のあらゆる物質は、すべて後天の陰濁に属し、凡人を超え聖人の領域に入ることはできない。ただ先天純陽の炁は、この上もなく霊妙で、杳冥として推し量れず、恍惚として形にできない。外からやって来るが、実は内によって宿るのだ。先天(元動力)は後天(物質)に頼らなければ、どうやって採り入れることができるだろうか。後天も先天を得なければ、変化を起こすことはない。これが無中に有を生じ、有の内に無が含まれるということだ。つまり無は有が宿すことによって形を成し、有は無に動かされて霊へと通ずる。 仙家の妙用は、先天の一炁を採取して金丹の母体とし、凡庸な肉体を変容させて聖なる身体とすることを重視しているが、道は自然に法ることを知らねばならない。無理な作為で事を成そうとするのではないのである。

 

第一歩
神は気を離れず、気は神を離れない。つまり呼吸によって神と気が互いを包み、中和して抱き合うのだ。運ばない、執着してはいけない。つまり意識は清虚なままに、寂然と照し続ける。

 

第二歩
神が坤宮を守れば、真炁は自然と動く。つまり火を水中に入れれば、水は自然と気化する。熱によって蒸気が上がり、めぐり続ける。それは恍恍惚惚として、何か形があるようだ。これが薬物が初めて生じた状態で、あわてて採取してはいけない。もしほんの少しでもそんな考えが生まれると、真炁は失われてしまう。

 

第三歩
神が乾宮を守れば、真炁は自然と集まる。最初に神を坤炉に凝らし、陰精を鍛錬すると、陽炁に変化して上昇する。次に神を乾鼎に凝らすと、陽炁は次第に蓄積されて、きらきらと輝き、上下がはっきり通じる。この時内の真炁が外と感応し、先天の一炁が虚無の中から自然とやって来る。存想することでではなく、作為に頼ったりしない。先天の炁がやって来た時は、泥丸は風を生み、丹田は火が燃え盛り、全身の穴という穴が一斉に開き、関節の力が抜けて、綿のように軟らかくなり、酔ったようにとろけてしまう。

 

第四歩
一つの神を二つの用に分けて働かせ、上は玄関を守り、下は牡府に投ずる。暗闇の中で、赤い光がきらめき、脳から下丹田へ降りていき、自分の体内の真炁が、すぐに引き寄せられ、波や潮のように打ち上げ、雲や霞のように湧き立ち、甘露や瓊漿が、腹中に滴ってくる。これが金液還丹なのである。身を磐石のように、心を氷壷のようにしてこそ、これを失わずにすむ。

 

第五歩
神が黄庭を守れば、仙胎は自然と結ばれる。朝から晩まで、行住坐臥において、その状態を維持する。十ヶ月で胎が満ち、玄珠が形を成し、三年で火が十分に入り、陰魄がすべて解消される。身体の外に身体が存在するようになり、姿を現すときは神が気によって具現化する。肉体の中に物質がなくなり、姿を隠すときは気が神のもとに収斂する。九年で修行が完成し、肉体も精神も霊妙になり、百千万劫経ようとも、道と一体化した身体はいつまでも存在し続ける。

 

 この本文は五百四十字に過ぎないが、全ての丹法を包括している。もちろん南派、北派、東派、西派、陳希夷派、張三豊派はどれもこの範囲を出るものではない。ただその他の下品、旁門小術、江湖の邪教等々になると、この法とは符合しない。 私が読んだところ先人の書いた丹経は、比喩が多用され、紙面が異名だらけで、読者の頭を悩ませるものだった。しかも論理がはっきりせず、構成が混乱していて、書いてある通りには実行できない。かつて『道蔵』五千四百八十巻に、道外の雑書・道書を数千巻、合計で約一万巻近く、ここに書いたような率直で的確、簡単で明白なものは見当たらなかった。この口訣は、かつて師より授かったが、紙に記したのは、今日が初めてである。我が同志は、前世の因縁により、これに出会えたのだから、よくよく軽視してはならない。いつまでも大切に保管し、決して妄りに他人に伝えてはいけない。


一九五五年乙未立秋日

陳攖寧、慈海医室にて胡海牙に書き与える。

 

(海牙按ずるに、誠に師の言われるように、これは修仙の全口訣であり、その中に東、西、南、北、三豊、希夷諸派の心法をすべて包括している。しかし誰でも書かれていることが分かるのではなく、東西諸派の真義に通暁した者なら、その奥にあるおのを窺い知ることができるだろう。恩師が私にこの一篇を伝えてもうすぐ半世紀になる。今初めて公開し、道を志す仲間に供することとする。)

掬い取る攻撃

馬貴派八卦掌の熊形背身掌の重要な動作に、相手から“掬い取る”攻撃なんてものがあります。一見すると、上から下に拳を打ち下ろしているように見えるのです。しかしこの攻撃は、相手のどこか一点を打とうとするものではありません。意識としては相手の身体の何かを上から下に掬い取るように拳を振るいます。
李先生によれば、北京方言で「wā」というそうです。おそらく意味からすると「」と同義でしょう。具体的な動作の説明よりもこの語のニュアンスの方が理解を深めるのだとか。「wā」という言葉からイメージされる状況はこういうものです。
大きなお椀の中におかずがよそってある。汁物でスープの底に具が沈んでいる。これをスプーンで掬って自分の手元に持ってくる。しかし普通に取り分けるようによそうのは「wā」とは言わない。もうあと一人分しか残っていない。しかも自分はすごく腹が減っている。全部掬い取って他の誰にも渡さず自分で食べる、そのような動きを「wā」と呼ぶのだとか。
勢いよくスプーンをお椀に突き立てると、スープが飛び散るし具も取れません。お椀に沿ってしっかりスープも具も“掬い取る”、そのように動くのがこの動作の肝心なところだ、そのように李先生は語ります。腕を素早く振って相手に拳を当てるのではなく、拳で相手からしっかり掬い取るのだと。
当てることだけを考えて腕を振るだけでは、それで相手を倒せないときに次の動作へとつながりません。しかし身体の回転で掬い取れば、そのまま反背錘(自分の背後への裏拳打ち)という次の攻撃に自然に移行できるというわけです。李先生の動作はまさしくそのようになめらかに連続した攻撃になっていました。
しかし、子供の頃からの食いしん坊なのに、なかなか掬い取るのは難しく、動作がぎくしゃくしてしまいます。熊形の求める腰の充実と肩の脱力がまだまだ不十分だと実感しました。