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虎踞龍蟠

 今日は通常の練習でなく、李老師の特別講習会でした。前にどっかでお会いしたような人がいるなーと思っていたら、人文研のCOEで秋山さんと同僚だったという方でした。世間は狭いっす。あんまりお話できませんでしたが、また来られるそうで。京都からわざわざ。お疲れさまです。何でも、腰を痛めてこれをやろうと思われたとか。確かに腰にはいいですよね、八卦掌。僕も腰の調子がかなりよくなりました。それにしても、おそるべしCOE。
 で、今日は熊形と単換掌を重点的に練習しました。要点はこれまで同様、動作の意味、つまり気血の充実を念頭において、動作そのものに心を捕らわれてはいかんということで、いかにそれが大切でかつ僕らができてないかというのがよく分かります。とほほ。とはいえ、最初に一つのことに時間をかけてゆっくり学んだ方が、将来ののびしろが全然違うそうですから、時間がかかって当たり前、焦らずじっくり取り組まなければなりません。

 今回特に強調されてたのは「大筋」(おおすじと訓じないといかんかしら)の鍛錬でした。人間の身体には大小様々の筋(すじ、であって筋肉とは違う)があるけど、頭から足の先までの二つの筋(右足と左足とで一筋ずつってことですね)があって、これが人体でもっとも大きくかつ重要な「大筋」なのだそうです。走圏で鍛えるのは何よりもここで、ここさえ鍛えることができれば、腕の筋なんか簡単なんだそうです。で、筋を鍛え丈夫にするにはどうするかといえば、

  1. 端よりも中央部分を太くする(餃子の皮みたい)
  2. ねじりを加えて凝縮する

の二点で、具体的には、含胸亀背が前者の要求を走圏の際の身体のねじりが後者の要求を満たす
んだそうです。で、この背中を通る大筋は内臓を支えているので、大筋が鍛えられれば内臓も丈夫になり養生的にもいいとの由。このへんは遠藤老師にも常々言われてることですが、なかなか実感して練習できていません。
 してみると、気血の充実と筋の鍛錬は一体のものということですから、走圏や単換掌のときにそういうことをイメージしながらやるのかしら、けっこう二つのことを考えながらって難しくないかなと悩むわけですが、李老師は実際のところ、気血の充実が丹田にたまっていく様や筋骨がひとつながりになって凝縮される様(鎖骨というそうです)をイメージしなさい、とは教えません。その代わりに、李老師の先生から頂いたという「虎踞龍蟠」という言葉を教えていただきました。踞とは座ること、蟠とはねじること、つまり走圏を行うにあたって、虎のように起居し、龍のように身体をねじりなさい、ということだそうです。
 大筋をたわめ、ねじることで歩をすすめることをそのように全体的なイメージとして把握しつつ行えということでしょうか。確かに気血の充実とか筋骨の凝縮とか近代的な身体像をイメージしながら行うよりいいかもしれません。気勢というやつでしょうか。もちろん虎や龍になった気持ちで、というんじゃ仕方ないので、あくまで虎や龍などの動物の動きのイメージによって、個々の具体的な身体動作の要求を統一的に行うことだ、と理解しました。
 ちなみに辞書的には踞は足を開いて腿を弓なりにして座ることなので馬歩っぽい体勢のことをさすわけですが、実は「虎踞龍蟠」という言葉自体がすでに四字熟語としてあって、その意味は「龍盤虎踞」に同じ地形を形容する表現なのです。台湾教育部の『国語辞典』*1によると、『太平御覽』卷一五六・州郡部・敘京都下に、「劉備曾使諸葛亮至京,因睹秣陵山阜,歎曰:『鍾山龍盤,石頭虎踞,此帝王之宅。』」とあるそうで、地形が威容をはなって険しい様を言うとの由。言葉のイメージから武術の極意として転用されたということでしょうか。

 李老師に「走圏がおもしろくなってきたでしょう、最初のうちにおもしろいと思っていたらそれは間違った感覚ですが、今ならおもしろく思えてきているはずです」と言っていただきました。おもしろい、確かにそう感じます。身体感覚が前よりよくなったのか、走圏の際に筋や気血の感覚(近代的には筋肉の動きや重心の変化とでも言えるか?)が多少感じられるようになってきたためでしょうか。自分の感じているものが「正しい」のかは分からないわけですが、先生からそう言ってもらえたということは、少なくとも間違ってはいないということでないかと。自分ではまだ分かってないですけど(筋肉がついてきてたりとか分かりやすいところはともかくとして)、僕の身体にそのような兆候が出ているというでしょう。うれしいなあ。僕の場合はそれに加えて、自分の読んでいる古典の世界が現前していて、千年の昔を今に体験しているかのような感覚もあって、それは、まあ、勘違い、ということになるんでしょうけど、自分自身が伝統を体現しているというかその中に生きているというか、そのつながっている感がまたおもしろいんですよね。
 それにしても李老師も遠藤老師もほめてのばす感じがすごくいいです。武術を教えてるはずなのに教え方は好戦的でない不思議。いや実際に技を見せてもらったりすると危険すぎてひええとのけぞりますけど。翻って我が業界をみると、えー、げふんげふん。まあ近代の学術研究はゲームなので参加してしまった以上は好戦的にならざるをえないところはありますよね。

 ところで李老師にあえて聞いてないことがあります。練習の後にビールを飲んでしまうのはどうか、という問題です。だって悪い答えでも飲んじゃいますからね。おほほ。ということで今日も品川教室不良ぐるうぷの面々でおいしくビールと中華を堪能したのでした。こないだ行った安泰楼の新館で、刀削麺はおいてなかったものの、料理は一手間かかっていて値段も安く、かなり満足できました。

*1:http://140.111.34.46/dict/?open