やればやるほどキモチイイ?
2008年夏の講習会3日目は初心者向け八卦掌パート1でした。
経験者向けには養生(というか易筋)の重要性を強調されていましたが、初心者には八卦掌は実戦的なんだよ、というところをまず教えて引きをつくるといった感じでした。まあ経験者はすでに目の当たりにしてますし。
でも行う練習は、走圏、単換掌、双換掌と変わらないといったところがみそ。実際の練習はひたすら易筋クオリティなわけです。さすがや。
ちなみに今日も四言口訣が示されました。前回と言い換えられたものもあります。
- 異称
- 中部
- 合胸緊背→空胸緊背/含胸亀背(くうきょうきんはい/がんきょうきはい)
- 下部
- 而不遠離→脚不遠離(きゃくふえんり)
- 中部
- 追加
- 上部
- 眼皮要鬆(がんひようそん):眼は見開かない
- 精神集中(せいしんしゅうちゅう):精神を集中する
- 中部
- 双肩要平(そうけんようへい):両肩を平衡に。双肩要平と対。
- 上部
上盤の要求は首をひねる要求が加わった今、いっそう重要かもしれません。冬の講習会のときに精神の集中とは具体的には頭を動かさないことだ(でも視線は動くのだ)、と教わってなるほどと思ったわけで、今回はさらにねじりが加わると。でも視線まで固定しちゃうのはまずい、だから眼は見開いちゃだめよんってことかと。
ただこうしていろいろ要領は増えていくわけですが、すべての要求をすべて満たしたとしても、なお間違っている場合がある、と李先生は思いっきり上に上がった姿勢の走圏をみせてくれました。要求を満たしつつ全身を落として中正を維持してはじめて正解なのだ。気血を養い、筋骨を易える、そのために中正を守るという一点だけは変わることはない、これを忘れてはいけないとの由。老子47章の「其出弥遠。其知弥少。」(遠くにいくほど、知ることは少なくなる)といわれるよう、進んだ、増えた、ということに惑わされてはいけないというわけです。
ところで、こうした走圏の正しさを自分で練習しているときにどう判断すればよいのか。結局それは自分自身の感覚によるもので、他人からこの要求はここまでこうしろ、この要求はここで止めておけ、といったような細かいところは他人からどうこう言えないものだそうです。しかし自分の感覚で判断といってもなかなか自分でつかむというのも難しいです。そこで実は簡単に判断できることとして李先生が教えてくれたのが、練功をしていて次第に体が落ち着いてきて心が高揚してくるとそれは正しい練功であるというものです。気血が体中に行き渡っている証拠だそうで。自分の限界をこえてねじりすぎて内臓に負担がかかっちゃうので苦しくなるということかもしれません。
そうそう外側の足と内側の足の一歩の幅が違うということについて、前回個人的に指導されていたんですが、今回はそれをホワイトボードに示してみんなに改めて話されてました。円の外側と内側を移動するんだから、円周の長さが違うわけで、必然的に一歩の幅も内側が短くなるのだとの由。なるへそ。
また下勢に関して、これまで全身で落としていってというところばかり注意していたんですが、そのまま勢いで流して体を起こしてはいかん、下まで落としたらそのまま垂直に起き上がるようにとのことでした。でないと即座に次の動作に移って、たとえば蹴りを出したりとか、できないだろうとのこと。うう、しかしこれはまたきつい。88式の下勢もそうですか?と伺ったら、全部そうだとのこと。88式のときは自分も前でやってみせてたのであまり注意してなかったそうで。
今回、走圏してるときに背中の真ん中だけでなく腰の両側も筋が引っ張られてる感じがあって使ってる感が増えたような。んで、講習会が終わった後、ふくらはぎから足首までが疲れてました。これ、はじめてかも。足がらみだとこれまで太ももやすねだったので。